墨田区両国 整形外科 両国きたむら整形外科|リウマチ外来 腰痛外来 交通事故外来 認知行動療法 休日診療 (日曜診療)

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院長プロフィール

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両国きたむら整形外科院長
北村 大也(きたむら だいや)

1976年、東京生まれ。幼少のころ千葉県内に転居、自然豊かな町で5人兄妹の長男として育つ。
「人の役に立つ仕事がしたい」と小学生から医師を志す。
東京医科歯科大学医学部卒業。
大学の医局勤務にはじまり、スポーツ整形外科、総合診療、産業医として研鑽を積む。
2014年7月、「両国きたむら整形外科」を開業。
一般外科のほか、これまでの経験から腰痛外来、スポーツ整形外科、さらにこどものスポーツ整形外科を得意とする。運動療法を積極的に取り入れ、グループの整骨院、柔道整復師ら医療スタッフと協力して治療とリハビリを提供している。

病と人を診る。患者さんが自分で自分の身体を治していくことを手助けしたい。
心と身体の両面からサポートする医療を実践している。

プライベートではスキー、ランニング、トレーニングをこよなく愛するスポーツマン。
甘いものとお酒にも目がないため、摂取カロリーと消費カロリーを計算しながら、走っては飲む日々を送っている。

経歴

2001年 東京医科歯科大学医学部卒業
2001年 同大学整形外科教室 入局。関連病院に勤務
2007年 医療法人AR-Ex都立大整形外科クリニック スポーツ整形・リハビリテーション勤務
2010年 帝京大学医学部麻酔科勤務
2011年 医療法人鶴亀会小金井つるかめクリニック整形外科・一般内科・総合診療
2012年 医療法人 鶴亀会 新宿海上ビル診療所整形外科・一般内科・総合診療・産業医療
2014年 両国きたむら整形外科 開院

資格・学会

  • 日本整形外科学会専門医
  • 日本整形外科学会認定リウマチ医
  • 麻酔科標榜医
  • 日本医師会認定産業医
  • ペインクリニック学会会員
  • 日本運動器疼痛学会会員

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超・心配性の小学生。
その性格と父親の口癖から、医者を志す

1976年、東京生まれ。自然豊かな千葉県印旛郡白井町(現・白井市)で育つ。
父親は学習塾を経営、母親は出産するまでは看護師だった。5人兄妹の長男。

小学生のときは、よく勉強していた。
勉強は歯磨きと一緒。
習慣になってしまえば特に苦ではなかった。
かといって、ガリ勉というわけではない。
放課後、塾に行く前に友達と“ケードロ”で公園を走り回った。
父親が映画好きだったこともあり、レンタルビデオで映画もたくさん観た。『スター・ウォーズ』はダントツに衝撃的だった。

一方で、なぜかいつも“不安”を感じていた。
当時は米ソ冷戦時代。
テレビの国際ニュースを見れば、
「核戦争が起こったらどうしよう…」
車に乗れば、「事故にあったらどうしよう…」
家族のことも心配。「みんなが病気になったらどうしよう…」

大人から見たら微笑ましいが、本人は大まじめ。
「超」が付くほどの心配性は、長男としての正義感と責任感からだったのかもしれない。
また、昭和1ケタ生まれの厳格な父親は「人の役に立ってご飯が食べられるのはいいことだ」が口癖だった。口八丁の仕事を嫌い、「医者はいい」と夕飯のたびに繰り返した。

「医者になれば、家族が病気になっても助けてあげられる」
心配性の性格と父親の口癖が、将来へと導いた。

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サブカルチャーに目覚めた中高時代。
大学では体育会&接客バイト

中学・高校は東京都内の進学校へ。
部活は、身体を鍛えたくて格闘技系を探したが、空手部や柔道部はなく、最もそれっぽいという理由でフェンシング部を選んだ。
以前は強豪校だったが、このころはすっかりトーンダウン。
先輩からはフェンシングよりもカードゲームで鍛えられ、SFやファンタジー小説にも夢中になった。音楽はハードロックやヘビーメタル。現実社会とは違う世界観にはまった。
身体を鍛えるつもりが、サブカルチャーをたっぷり吸収した。

大学は小学生からの希望通り、医大に進学。
ようやくここで、「身体を鍛える」という願いが叶う。
部活の種類は少なかったが、中でもハードなボート部を選んだ。
年間300日、練習場のほとりにある合宿所暮らし。部活漬けの毎日を過ごした。
練習場には全国から日本トップクラスの選手が集まり、ともにトレーニングできたのはいい経験だった。このとき、正しいトレーニング方法を学ぶ。

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大学2年で慢性腰痛。
運動療法の有効性を実感

ところが、大学2年の冬、トレーニング中に急性腰痛に襲われた。
痛みは3ヶ月続き、慢性腰痛と診断された。
整形外科に通い、鍼灸院で鍼治療も行った。良いと思われるものはすべて試したが、期待するほどの効果はなかった。このとき、独学でやった運動療法が、一番効果があり、そこに面白さを感じた。運動療法の有効性を、身をもって実感できたことが、現在の治療方針に大きく影響している。
痛みからは解放されたが、競技者としては復帰できなかった。
そこで方向転換。退部し、以前から興味があった接客のアルバイトを始める。 「いらっしゃいませ!」。選んだのは大声でお客さんを迎える居酒屋のホールスタッフ。お客さんと話すことが楽しく、接客業は自分に向いていると思った。
じっくりと患者さんの話を聞く姿勢は、このときに培われた。

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整形外科専門医の道へ。
将来の開業を念頭に、研鑽を積む

大学6年となり進路を決めるときが来た。
整形外科か救命救急か、二択に絞った。
「人の役に立つ仕事がしたい」。小さいころから何度も聞かされた父親の言葉は、自身の信条となっていた。

「生死にかかわるところだけが医療ではない」
選んだのは整形外科。専門知識を生かし、人々が痛みから解放されて幸せに暮らせるよう、予防や未病の医学を提供していきたいと考えた。

卒業後、大学の医局で5年間、勤務医として研鑽を積む。もともとマネジメントへの興味が強かったこともあり、組織の中で職人的に技術を磨いていくよりも、開業して自分自身が考える医療をカタチにしたかった。
将来の開業を見据えて、スポーツ整形外科や総合診療、産業医としての経験を積み、麻酔医としてペインクリックでの治療も行った。必要と思われる技術や知識を貪欲に身に着けていった。

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開業。「街のお医者さん」として
強みは、スポーツ整形外科と腰痛外来

2014年7月、「両国きたむら整形外科」を開業。
この地を選んだのは、勤務医時代の患者さんも通えそうな場所であることと、提携する総合病院に近いこと。そして、目指す姿は、地域のみなさんがいつでも相談に来られる「街のお医者さん」だ。

一般外科はもちろんのこと、これまでの経験から腰痛外来、スポーツ整形外科、さらにこどものスポーツ整形外科を得意とする。同じビルに提携する整骨院があり、柔道整復師ら医療スタッフと協力して治療とリハビリを提供している。

診療では、患者さんの話をじっくり聞くことを心掛けている。
どんな痛みで悩んでいるのか、何のために来院してきたか。会話を通して痛みや怪我の状態を把握し、その人に合った診断や治療方針を導き出していく。

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最も重要に考えていることは「セルフケア」。
あらゆる治療方法をわかりやすく説明し、納得して患者さん自身に選択してもらう。
治療の主役はあくまでも患者さんであり、そのゴールは患者さんが充実した素晴らしい日々を送ること。大学時代、慢性腰痛を運動療法によって克服した体験があるからこそ、確信を持ってサポートできる。

患者さんが自分で自分の身体を治していくことを手助けしたい。
病と人を診る。心と身体の両面からサポートする医療の実践中だ。

今年から、ランニング学会認定指導員の資格を持つスタッフと協力して、ランニングイベントを不定期に開催。正しいランニングフォームやトレーニング方法を指導することで、怪我の予防につなげたい。もちろん、身体を動かす楽しさも伝えていきたい。

自身もスキー、ランニング、トレーニングをこよなく愛する。でも、甘いものとお酒にも目がない。特に好きなスイーツはアップルパイ。お酒はウイスキーやスコッチをたしなむ。摂取カロリーと消費カロリーを計算しながら、走っては飲む日々だ。
好きなブランドのトレーニングウエアを着て外に出ればスイッチが入る。
走るとき、音楽は聞かない。自分の“身体の声”に耳を傾け、風を切る音を楽しんでいる。